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戦時中の代用品・節約品などを語ってみるのはどうでしょうか?
今では反対に珍しくて貴重なものになっているものが多そうですが
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>反対に珍しくて貴重なものに
たんぽぽコーヒー

>反対に珍しくて貴重なものに
>たんぽぽコーヒー
濃いめの麦茶が味そっくりらしいな

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イタドリの葉っぱを乾燥させてタバコを作ってたと聞いた


いろいろ優遇・優先されてる軍内より市民生活や戦中日記の資料みると何が欲しくて足りないかが見えてくる
サッカリンでいいから甘味が欲しいてな空気が日本でもドイツでも

>イタドリの葉っぱを乾燥させてタバコを作ってたと聞いた
故・小松左京さんの著作によれば完全に乾燥した馬糞が良かったとか
流石に吸い口の部分だけは本物の煙草を詰めて手巻きしたという

ナイロンも該当するんすかねぇ…
アメリカ側ですが

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この世界の片隅でのときにもスレ立ってたな


>>この世界の片隅でのときにもスレ立ってたな

↑???
↓うまそう!いただきまーす

・・・

楠公飯(なんこうめし)を作って食べてみた
http://www.chinjuh.mydns.jp/wp/20170607p7581

>サッカリンでいいから甘味が欲しいてな空気が
そこでワカモトですよ。

>イタドリの葉っぱを乾燥させてタバコを作ってたと聞いた
終戦後の話だけど爺様が乗った列車が信号所で止まった時に
乗客が線路端の葛の葉を我も我もとかき集めてたとか

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金属製品がどんどん陶器や木製やベークライトに置き換わる


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>そこでワカモトですよ。
なるほど

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>なるほど
違うワ カ モ ト!  あってる!

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コーラの代用品として開発されたと知ったときは驚いた


書き込みをした人によって削除されました

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18世紀のプロイセン王国で、同国中興の祖であるところのフリードリッヒ大王の御代での
お話しだそーなんですが、ジャガイモの導入に取り組んだ事でも有名なこの大王サン、一方では同国で「代用コーヒー」が普及するきっかけを作った人でもあったんですとかというのも当時からドイツの人々は大変なコーヒー好き、国内での消費量は膨大なモノであったそうなんですが、その殆んどが植民地でコーヒー豆を生産するオランダからの輸入品であり、年間70万タ―ラーもの大金が「流出」しているとあっては、富国強兵策に熱心な大王としては見過ごせず、コレを自国内で生産できる飲料に代替すべく熱心に働きかけていたんだそうで

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そんな中で、例えば同国軍人フォン・ハイネ少佐などは、奥さんが持病の治療で医者から
本来葉野菜であるチコリの根を煎じて飲むよう指示されたことをヒントに、チコリの根から造る代用コーヒーの特許を取得、生産・販売に入るんですが、その登録商標には海に浮かぶオランダ船を背景に、チコリ畑で働く人が描かれ、「君たち(※=オランダ商人)がいなくても、健康に、豊かに」なんて謳い文句が書かれているそうです…w更にその後プロイセン国内で開発された「代用コーヒー」の原料は、麦芽、大麦、ライ麦、サトウキビ、イチジク、イナゴ豆、南京豆、大豆、ドングリと多岐に渡ったそうなんですが、変わった所では海草を原料にした「コーヒー」まであったそうでして、終いには「ドイツのコーヒー」という言葉自体が、「代用コーヒー」の総称になってしまったんですとか

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その後時代は下って19世紀、プロイセン王国は皇帝ナポレオン=サンの下で強大国となっ
たフランスの傘下に収められる屈辱の時代を迎えるんですが、今度はナポレオンによる「大陸封鎖令」の影響でコーヒー豆の流通量が激減したプロイセン国内では、再び種々の「ドイツのコーヒー」の開発が盛んとなり、菊芋、ダリヤの球根、タンポポの根、西洋ゴボウ、菊の種、アーモンド、エンドウ豆、ヒヨコ豆、カラスノエンドウ、イナゴ豆、トチの実、アスパラガスの種と茎、シダ、小判草の根、カブラ、トショウの実、アシの根、レンズ豆、ヨシの穂軸、野生のスモモ、ナナカマドの実、ヘビノボラズ、サンザシの実、桑の実、西洋ヒイラギの実、カボチャの種、キュウリ、ヒマワリの種等、およそ考え付く限りの原料を用いた「コーヒー」が生産されたそうです中には如何にもドイツらしく、ビール用のホップからコーヒーを作る、なんて試みもなされたそうなんですが、後のWW1およびWW2の戦時下でも、独国民の皆さんを僅かに慰めた「代用コーヒー」、ある意味こうした伝統に支えられていたわけなんですかねえ

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もっとも、逆にコレだけ色々なモノが試行錯誤されていた事自体、ドイツ人自身こうした
「Surrogat(代用品)」に決して満足していなかった証左でもあるんだそうで、やがて「本物」のコーヒーを飲めない怨みはナポレオンによる欧州支配体制そのものへと向かい、カール・マルクス=サンに言わせれば「大陸封鎖によって生じた砂糖とコーヒーの欠乏はドイツ人を対ナポレオン蜂起に駆り立て(略)1813年の輝かしい解放戦争の現実的土台となった」…そうなんですが、遂にはワーテルローの会戦でナポレオン=サンをプロイセンのブリュッヒャー将軍が敗走させるに至るまでの経緯の発端が、散々「代用コーヒー」を飲まされた人々の怒りに由来していたとするなら、まこと食物の恨みはオトロシイ…というお話の一つになるんでしょうか…w

>まこと食物の恨みはオトロシイ…
華元の羊肉の恨みとか

何年か前にファンタとコーラを混ぜた清涼飲料水が発売されたので和解は成立したようです

コーヒー(本物)のプロイセンの輸入量の推移が見たくなる話ですね

>およそ考え付く限りの原料を用いた「コーヒー」が生産されたそうです
カフェインが摂れる比較的寒さに強い作物…
東洋でいうチャノキみたいのが一つ有ればなぁ…
サトウキビの代用で品種改良されたのが甜菜だっけ

ドイツ人コーヒーとチョコ昔から大好きだからね
素朴なパンをストイックに食ってるようで実はジャムやバターごっつり塗るし
本国の土地は冷涼で農産物のバラエティは貧弱にならざるをえない(りんごなんかは作れる)
アフリカ各地にかろうじて手に入れた植民地をおとなしく維持・経営できてればよかったのだろうけども

ホーンブロワー読んで
英海軍式コーヒーこさえてみたひと
正直に手を挙げなさい

結局おがくずパンは実在したのか

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>おがくずパン
「大東亜戦争」の最中に、我がIJA糧秣廠の大阪支廠が、戦時下の食糧難に喘ぐ一般国民の方々の為に、様々な代用食のレシピを紹介していたそうなんですが、その中に「鋸屑(=おがくず)」の料理法なんてのも有りまして、曰く「腐朽菌(ウスバタケ)により分解せしめたるのち粉末とし、小麦粉、米粉などに二〇パーセント混入し蒲焼またはパンとする」…のがオススメなんですとか食物繊維をそのまま混入するのではなく、きのこに分解させて栄養価を高めるとか、ある意味ドイツのレシピより優れている感もありますですけれども、もしミリタリー・グルメに興味があり、レシピ再現されているような糧食系男子で、趣味のためなら生命の危機も厭わない…・という方がおられましたら、試してみられては如何でしょうか(棒

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因みにドイツ人にとってのコーヒーのように、我々日本人にとって毎日の食生活に欠かせ
ない茶褐色の液体…と言えば「醤油」ですけれども、「昭和20年に出版された婦人雑誌「主婦之友」に「代用醤油」なるものの作り方が紹介されていまして、曰く「濃い塩水で昆布、若布、ひじきなど何でもいいですから海藻類を気永に煮込みますと、色といい味といい醤油に近いものができます」…との事また、阿川弘之セんせいの「戦争と食べもの」というエッセイの中に「私の住んでいた町の馴染みのそば屋が、ざるそばの代用品として海草をそばの形にこしらえた何かヌルヌルするものを、アミノ酸醤油のつゆにつけて食わすようになり(いくら何でも気味の悪いしろものだったが」

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…なんて一節があるんですが、この「アミノ酸醤油」なるものは脱脂大豆のたんぱく質を
塩酸により化学分解してアミノ酸にしたもので、しょうゆに必要なアミノ酸は一応揃い、醸造醤油が製造に半年から一年かかるのに対し、三日から一週間で速成出来、しかも安価というメリットはあったもの、一方で薬剤で分解させるときにどうしても不快なにおいが付き、原料に小麦を使用しないため、糖分による甘み、うま味等はどうしても醸造醤油におよばず、また醤油特有のあの香りも少ない、とあって、あまり美味しい代物ではなかったようです因みに、醤油の香りに関して、IJA糧食の開発研究者として有名な川島四郎陸軍主計少将が携帯用の「粉末しょうゆ」開発の際の苦労談を書き残されておられるんですが、曰く「しょうゆエキスの罐詰はできてはいたが、製造工程中に、しょうゆ独特のよいにおいが逃げ、その代り煮詰める際の焦げ味が入りその上ブリキの罐臭がついて、どうにもうまいものでなかった」

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「そこで考案してできたのが合成粉末醤油で、月日をかけて醸造していたのでは急需に間に
合わぬので、粉末の食塩を土台に、しょうゆの色と味と香りをつける。色と味は間もなく本物のしょうゆそっくりのができたが香気がどうにも合成できない」「ある時、海岸を歩いていると、しょうゆそっくりのにおいがするので、においのもとをたずねるとある特殊の海草を焼く匂いだったので、一時は、これをしょうゆの香気付与に役立てた」「やがてにおいの素も造り得て、軍用粉末しょうゆができたのである」…との事で、コチラでも海藻が代用原料として活用されていた、ということなんだそうで

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因みに「粉末しょうゆ」はカラメル色素、食塩、糖類、香料などの種々の原料を混合して
造られるんですが、そのもっとも基本的な味のベースとなるのは魚の煮汁であったそうです食料品として魚を加工する際の廃棄物を上手く再利用できたという点でも、なかなか優れモノの製法ではあったそうなんですが、結局「粉末しょうゆ」の原料には「ホンモノ」の醤油の原料である大豆・小麦は含まれておらず、全てが代替品で製造されていた、という事みたいなんですなその主要な部分が海産物に由来していたというのは、いかにも四方海という、日本のお国柄を反映している話ではある気がしますですねえ…w

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大岡昇平「靴の話」にある
ゴム底軍靴なんて本当のところどうなんでしょか御大の著書ではやたら否定的な話なんですが密林では寧ろゴム底の方がいいのでは

天然ゴムだとやたら重いし膨張縮小ですぐにボロボロになるだろうし
現代のゴムと比べるのもなぁ…

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陸兵さんの軍靴に使われたゴム底って結構頑丈なイメージなんですけどね
我が国軍が誇るスニーキングシューズ(笑)たるゴム底地下足袋なぞは突撃の際の静粛性向上に役立ったとか、言われてますゴム底軍靴も静粛性とグリップ力に富み、使い易かったと言われてますね陸軍の営内靴と共に出て来た黒革靴風のオールゴム靴を見たことがありますが、しなやかで伸縮性に富み、今でも履けたのにかなりビックリしました

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末期になると、漫画の世界も世知辛く


人毛醤油の研究は戦時中かと思っていたけど
昭和初期からだったのか

>ゴム底軍靴なんて本当のところどうなんでしょか
日本軍装備大図鑑という本で写真付きで紹介されてるけど
幾何学パターンのおかげで地面をしっかりと捉えて非常に歩きやすかったとの事
唯一の欠点はそれ以前のモデルと比べて品質が粗末な事だとか

昔「所さんの目がテン」で、戦時中に作られた「代用チョコレート」を、再現する企画があって、
・きな粉(ココアパウダーの代わり)
・オクラ(ココアパウダーの苦みの代わり)
・百合根(ココアパウダーの苦みの代わり)
・オリーブ油(ココアバターの代わり)

で、代用チョコレートを作った。
見た目はチョコレートよりは色が薄い。
食感はチョコレートに近い?、硬さがしっかりあって割った音がいい感じ。
味はチョコレートよりは、和菓子のような味?

代用チョコレートより、硬い和菓子として売ればいい、と所さんが言っていたような記憶がある。

食品の代用品の研究はすごいな。

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大きな代用品の例として木製99艦爆「明星」
材料変更の代償として似ても似つかない形状となり加工にも苦労した結果数機しか完成せずモスキートの様にうまくはいかなかった由

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国内の代用品で一番大きな例になるのが武智丸ではないでしょうか
鋼材節約のため戦時標準船2E型の材料をコンクリートに置き換えたもの4隻が進水してその半分が広島で防波堤として現役と頑丈さは折り紙付き

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武智丸を建造した造船所はそれ以前にも
タンカー不足に喘いで造られた曳航油送船のコンクリート版を量産こういうのは代用品のさらに代用品という位置付けになるんでしょうかねこれも2隻が現存(1隻は半壊状態)

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連想するのがコレで
物凄い死亡フラグ考える人が多いらしく昔話名と泥船なんてキーワードで検索すると若干、そっちも引っかかる

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>大きな代用品の例として
タンカーノカワリダヨ

コンクリート船なんかも代用の一種かな

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松型代用輸送艦


代用コーヒーってカフェイン含有量ゼロらしいですが
眠気覚ましにどうしてもって時はどうしていたんでしょうか
本物と割ったりとかカフェイン添加品もあったのかな
それとも軍でそういう場合は最初からアンフェタミン頼みかな

アンフェタミンというかヒロポンですな
大日本帝国軍では、長距離飛行を行う航空兵などに支給されている
ヒロポンの注射薬は「暗視ホルモン」と呼ばれ、B-29の迎撃にあたる夜間戦闘機隊員に投与された

本来の「暗視ホルモン」は牛の脳下垂体から抽出される「メラノフォーレンホルモン」で
黒鳥四朗さんなどがこの「暗視ホルモン」と称して実は「ヒロポン(塩酸メタンフェタミン)」を投与され
戦後後遺症に苦しんだことから「暗視ホルモン」=「ヒロポン」と広まったという話だったかと

パイロットや潜水艦乗組員みたいなハードな部署だと優先で供給されるからその辺は大丈夫だろう
独パイロットならショカコーラ支給されるしMe163乗員手記『ロケット・ファイター』だと
日々供される“本物”のコーヒー・紅茶や卵料理・マカロニ料理等に驚いてる
(著者が転属前にやってたフェリー輸送パイロットくらいではそんな良い扱い受けられなかったことも分かるが)
UボートIXC型・12週間行動の搭載例だとコーヒー154ポンド・チョコ108ポンドとある

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前出川島少将の開発した夜間視力増強剤はスケソウダラから
抽出したビタミンB2だったそうだが

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>眠気覚ましにどうしてもって時はどうしていたんでしょうか
D・L・コールドウェル=サンの「西部戦線の独空軍」に、BOB当時の独空軍戦闘機パイロットさんたちの装備品についての記述が有りまして、その中に「飛行服の方々のポケットには信号弾ピストル(略)チョコレートとブドウ糖、興奮剤の一種であるペルヴィティンの錠剤などが詰め込まれ」…ていたという一節があるんですが、この「ペルヴィティン(Pervitin)」なるもの、実はメタンフェタミンを主成分とする覚醒剤そのものなんだそうで当時ドイツでWW2直前に普通に市販されていたこの薬、戦争が始ると「ねむらなくてもつかれないくすり(棒)」として重宝され、類似品と共に”Panzerschokolade(戦車チョコ)”の名で大量に陸海前線に支給されていたそうですまた別に覚醒剤入りのパイロット用チョコレート(Fliegerschokolade、飛行機チョコ)なんてのもあったそうなんですが、黒鳥さんらに「ドイツから輸入の」と称して「暗視ホルモン」が打たれた裏には、こうした独での使用例の情報があったのかもしれないですなあ

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因みに、WW2終戦時まで欧州に滞在していた日本の新聞記者で、衣奈多喜男さんという方
が戦争末期のベルリンの様子を手記に残されておられるんですが、「爆撃でこっぴどくやられたベルリン市街は(略)満身創痍のいたいたしさであった。いままで、たんねんに続けられた空爆被害地のコーヒーの特別配給も、終戦が近づくにつれてとうとう廃止となった。一人あたりほんのひと握りのコーヒーではあったが、それによってひとびとは力いっぱい爆弾の破壊力に抵抗してきた。ドイツ政府が慎重にかきあつめておいたコーヒーの貯蔵所が、あらかた燃えつくされたのである」…とのことで、いわゆる「本物」のコーヒーもある程度は備蓄され、空爆被害者に特配されることで士気の低下を防いでいた、といういかにもドイツらしい話があったそうなんですが、それも遂に品切れとなると、士気沮喪した市民の中には自殺志願者が増えていったんですとか

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当時、食糧ほか生活必需品不足に喘ぐベルリンっ子さんたちの間で、こんな小咄が流行っ
ていたんだそうで、曰く「ある男は、とても食えないから首をつろうとしたが、使った縄が人造品で弱く、何回こころみてもブッツリと切れた。そこで彼は洋服のポケットに石をつめて入水したが、スフの洋服地がもろくも破れて沈めなかった。こんどは薬局から劇薬を手に入れて服用してみたが、薬のききめさえなかった。死ぬに死なれぬ世の中だと思いあきらめ、元通り切符制度で暮らすほかなかった。すると二、三日のちに彼は死んだ」何もかも代用品だらけだったのが、それすらも欠乏していく当時のドイツの、やけっぱちな雰囲気が伝わってくるような内容ではありますですねえ…

もう覚せい剤入りコーヒーとかもありそう…

当時のスフが水に弱いのは東西問わずだったのかあ

>使った縄が人造品で弱く
人造品じゃない縄ってあるの

>>使った縄が人造品で弱く
>人造品じゃない縄ってあるの
天然繊維(植物・動物・鉱物)に対しての人造繊維 (化学繊維) の意味合いじゃないのか?

国内でシュロが育つ日本ですら武蔵の船台をムシロで覆った程度で漁具市場が混乱するんだから大変だ
化学繊維はようやく世に出たころだし石油や化学薬品が足りないのにじゃんじゃん合成するにもいかんし
ヨーロッパで育つ麻・亜麻も軍用で大量のキャンバス布要求されたら民生用の麻縄とか厳しいか

水田稲作地帯では稲藁を使う文化がセットみたいなもんで荒縄を綯い蓆を編み俵や草鞋も作るけど
欧州あたりの作物の藁で広範囲に利用できるものは無いのかな

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>藁
WW2独の東部戦線での話で、陣地の戦車に越冬時の防寒用として藁を被せていたら、内部に巣食った野ネズミに戦車内部の配線を荒らされてエライ事になった話とかありましたですな…w>水に弱い昭和17年発行の「婦人朝日」7月号に、「代用品の取り扱い方」なる記事が掲載されておりまして、要は戦時下で身近に急増した代用素材の生活用品の取り扱い方を懇切丁寧に教えるモノであったりするんですが、その中の「革代用品」の項を見てみますと〔代用革靴〕従来は牛革が甲底共に使われたが、この代りに底は鯨革、甲は鮫、豚皮が殆どこれに代わりました。鮫は木の皮のような一種特有な縦皺があるのですぐ分かり(略)泥や雨に逢ったあとよくふきとり、早く乾燥させ、型崩れを防ぐために、靴型を入れる習慣もよいものです」

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「雨に履いたあとの始末が悪いのが一番いけないのです。その他犬革、うつぼの皮等も子供
靴や婦人用靴に用いられています。また布製ズックの靴等は一層注意して水に濡らさぬよう。濡れたとき乱暴に扱うと、現在のズックはスフ交りで頗る弱くできているだけに早く乾かすこと。また布製靴は防水加工か、黒靴ならばコールタールの防水塗料を塗ると一層よろしいのです」…なんてあるんですが、「鮫皮」の靴の話はスレ内で先述されております大岡昇平せンせいの「靴の話」でも触れられておりまして、曰く「それはサイパンの玉砕頃から、前線行きの兵士に渡り出したゴム底鮫皮の軍靴であった。ゴム底は比島の草によく滑り、鮫皮はよく水を通した。我々は魚類の皮膚がいかに滑らかに見えようとも、決して水を弾くようにはできていず、彼らの体は周囲の水と不断の浸透状態にあるのだという事実を体得した」

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…との事で、やはり「代用材料」の靴が水濡れに弱かった話が取り上げられておりましたり
また、同じく戦記作家の児島襄せンせいの「誤算の論理」で、インパール作戦に参加したIJA第33師団第214連隊の君島正男さんという陸軍伍長さんの体験談として「軍靴の他にゴム地下足袋を支給されて戦った。ゴム地下足袋は、他の戦場にも給与されたが、足音をしのばせる夜襲には適当でも、重装備での登山やぬかるみ道の行軍には不向きであった」「粗悪品の新造軍靴は、水にぬれて縫糸が切れ、木の根にひっかかって破れた。伍長は、足の裏に石けんをぬって疲労軽減をはかったが、鹵獲した英軍軍靴をみて目をみはった」

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「『たしか米国製だと思ったが、とにかく頑丈で良くできている。あんな靴があれば疲れ
ずに戦えたのに…われわれは敵にぶつかるまでに体力三分の一以上を靴で失っていた』陸軍は靴で敗北したというのが実感です─と、伍長は述懐する」…という記述があるんですが、この内「水にぬれて縫糸が切れ」るというのは、元来日本の軍靴の縫糸には丈夫な亜麻糸が用いられていたんですが、冷涼な気候で育つ亜麻は日本国内では当時ほぼ北海道でしか栽培されず、軍儒に生産が追い付かなくなるにつれ、スフ混合の水増し品が用いられるようになっていた、という事情があっての事だったんだそうでともあれ、軍民を問わず、「代用品」の靴はどうにも水濡れに弱かったみたいなんですが、これはきっと、皮を剥がれた鮫さんや鯨さん、うつぼさんといった水の生き物の祟りにあったに違いな…(

>国内でシュロが育つ日本ですら武蔵の船台をムシロで覆った程度で漁具市場が混乱するんだから大変だ
>スフ混合の水増し品が用いられるようになっていた、という事情があっての事だったんだそうで
国内生産できる繊維作物だと苧麻も有ったけどこっちも
本格生産が遅めで戦況悪化に伴って生産量が減ってったんだな…
http://www.asabo.jp/museum/museum_sub05_03.html

>粗悪品の新造軍靴は、水にぬれて縫糸が切れ、木の根にひっかかって破れた。
南北戦争中の南軍みたいな事になってるな
あっちも工業力で劣った結果靴には難儀したそうだし似たもの同士か

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>コンクリート船なんかも代用の一種かな
去年行ってみたんだけど(実は市内だったので……)代用品だけど、意外と?手を抜いている感は無かった去年ここに貼った時も書いたけど、少なくとも設計して施工した人たちは熱意を持っていたのではないかと……もうこのスレで書かれてるけど、そうでなければ戦後半世紀も風雨にさらされて堤防という第2の人生は送れてないだろうし

>去年ここに貼った時も書いたけど、少なくとも設計して施工した人たちは熱意を持っていたのではないかと……
戦前〜戦中のコンクリは川砂を使うのが「常識」でキメが細かいし
砂に塩分が少ないので物凄くよく持つ、恐らく船に使ったのもそこを計算したからではないかと

かえって戦後の高度成長期以降のコンクリは打つ手間を省くための所謂シャブコンや
塩分を含む海砂を大量に使いだした事で半世紀位でボロボロになってる

靴といえば修理用の当て革が無くてスルメを使ったとか

>スルメを使ったとか
チャップリンの映画ですね(・w・

有事のバススレで木炭バスがあったけど
戦時代用品の筆頭は代用燃料かもしれない

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>それはサイパンの玉砕頃から、前線行きの兵士に渡り出したゴム底鮫皮の軍靴であった
昭和13年の皮革使用制限規則では鮫皮も対象となっていますが軍需に回されたのは結構後だったんですかね

>No.1246429
>No.1246429
材料は一応川砂ではあるんですが、揖保川という川の最下流から採取されたもので
サンプリング調査でも相当な塩分を含んでいる事が確認されてます
一方で内部の鉄筋には殆ど腐食もなく、コンクリート強度も高いままで
戦時急増とは思えない上等な品質管理がされていたのは間違いないです
http://data.jci-net.or.jp/data_pdf/25/025-02-2324.pdf

216985 B
コンクリート船の頑丈さを物語る経歴としては
機雷による沈没損傷船舶の一覧や設計者による補修の記録などから防波堤になっている第一武智丸、第二武智丸ともに触雷損傷経験があり(第三武智丸も触雷していますがこれは残念ながら沈没)また当該船は不明なれど神戸港で他の2E型に追突され、相手船が沈没した事故でも武智丸側は接触箇所の簡単な補修で済んでいる事が挙げられます

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コンクリート船はアメリカでも建造されていますが
日本とは違い、鋼材不足ではなく「手の比較的空いているセメント業界を戦争に貢献させる」事が理由らしく最終的には5種類100隻余の大型船が送り出されていますこれらもやはり防波堤として第二の人生を送っている個体が数多くあります

>有事のバススレで木炭バスがあったけど
>戦時代用品の筆頭は代用燃料かもしれない
新聞紙を濡らして固く丸めたものを乾燥させると火持ちが良くてかなりな熱量を発する七輪に最適の燃料ができる
と、さる「パタリロ」のスピンオフ作品にありましたな
もっとも老母に聞いてみるとただでさえページが減ってトイレットぺーパーにする分だけでも不足気味の貴重な新聞紙を
粗朶を拾ってくれば済む七輪の燃しものにする莫迦はいないとのことすが

むしろ平時のほうが新聞紙を燃料にとか考えるようで
ペーパーログメーカーという商品があります
http://amzn.asia/gfLkk5r

漫画本を洗濯機で溶かして流すという方法があるそうですが燃料にすればいいのか
戦時では敵がまいたプロパガンダビラお便所の紙にしたくらいなので燃料には
ならなかったかもしれませんが

>イタドリの葉っぱを乾燥させてタバコを作ってたと聞いた
今更なレスになるけど実家に代用タバコの事を書いた物が残ってて
色々試した結果ナスの葉を低温で軽く蒸して乾燥させ山葡萄やビワの皮
たんぽぽの根や花の蜜を混ぜて代用タバコを作ってたみたい
ただ普通にタバコの葉を育てたほうが効率が良くて廃棄部位(茎や根)を
裁断しナスの葉に混ぜかさ増しするというのが現実的な方法だったみたい

俺も二月に武智丸を見に行ったけど
平日の夕方くらいだってのにやっぱ珍しいのか見物客が俺以外にも結構いたのが印象的だったな
どうせ戦時急増品と思ってたけど見た感じかなりしっかりした作りに驚いたわ
ついさっきの大阪地震でコンクリートが倒れて大騒ぎになってたが
やっぱり専門の職人による仕事は価値があるといことですかね・・・

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製作行程や資材を極限まで切り詰めた戦時設計故にボイラー爆発が起きたとか怖い


最近のコンクリが脆いように見えるのは塩分とか職人芸の話じゃなくて
構造力学の進歩により昭和並の(無駄に)大きな安全係数を取らなくなったから
無論施工があれ(シャブコン)な奴もあるにはあるがそれはどこの時代にもある